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獅子座 満月

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旧暦の2009年も明けて 9日は始めての満月。 写真はベイブリッジから見た、夕方に向かう時刻のみなとみらいです。 なぜこんなグラデーションになるのか わからないのですが 観られてラッキーな 景色でした。 2009年は大きな変化の年 と聞くことが多いです。 私はわかりやすく転居 という変化を控えいますが、 これから先 どうなってしまうのだろう〈 これから先 どんなことに出会えるのだろう という タロットでいえば ゼロの愚者のような 冒険の始まり のような気持ちです。 今までと同じ場所 同じ人達 同じこと に留まることのできない寂しさ悲しさはありますが 旅立って ゼロから始める ことを楽しいと思える 自分がいるから たくさんの引越しや生活 仕事 スタイルのチェンジが今まで出来たのだと 思います。 自分が終わりだと思わなければ 終わりじゃない。 次は あると思います。     本当に あると思います。

お引っ越し

引っ越しするよするよ と 言葉ばかりで、実際の転居が延び延びになっていました。 やっと本決まりの模様。 実感するのは、引っ越しの見積もりを取ったりしているから。 ここにいなきゃ出来ないこと たくさんあるけれど 引っ越し先にいなきゃ出来ないことも たくさんある。 不安は? いっぱいある 希望も? いっぱいある 今は 未来のことを考えて 不安になるよりも 今出来ることを 手をかけて しっかりひとつずつ していくことだけ。 思いを込めること たくさんのことを 全て完璧に は中々出来ないのだけれど 自分のしていることに どれだけ 思いを込められるだろう。 一期一会の要素がとても強い お仕事だから 余計にそのことを最近考えます。

シャンティ チャイム

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 一度聞いただけで 忘れられない音 が この シャンティチャイム でした。 ピレネーのそばでつくられた 風鈴 です。 8つのチューニングされた音が 独特な和音で優しく奏でられます。 いつのまにか メロディに聞こえます。  

満月の夜は。。。

 満月の夜 お財布をきれいにして 振って 金運アップとか クリスタルなどのパワーストーンを月光に当てて 浄化あんどチャージとか 生理周期を意識したり セックスのことを意識したり 人の生き死にを意識したり いろんなことを思いますが ちょっとおもしろかったのは、サボテンLove のおねえさんのこと。 20歳頃、寮に住んでいて 上の階に住んでいた人。 シャープなセンスと タバコと オトコと(なんか ワンパターンかな でもそのまんま) すごい量の基礎化粧品と 大きなサボテンがお部屋にどーんとあって 「サボテンはね 話すのよ」 「はぁ」 「だから 毎日話しかけるの」 「はぁ」 「そしてね 満月の晩は 外に出すの。月と話すから。」 「ふうーーーむ」 「ほんとにごにょごにょ言ってるのよ」 「。。。」 タバコを吸いながら そんなことを言ってました。 太陽の光に 映える人 月の光に 映える人 女性のタイプ 乱暴だけれど二つに分けると 彼女は後者だろうなあ。 顔の造作が 美人とか そんなのは度外視で、圧倒的になまめかしかった。 Lunatic

リーディングで 思うこと

タロットにたくさん触れて リーディングさせていただきながら よく感じることは、 お話を伺って カードをひいて リーディングの結果をお伝えしたら終わり ということは全くなくて お金を払い、来て下さった方が そこから何を感じ 何に気付き 普段の生活で どういかすか 小さなことでも 出来ることを考える 少しでもやってみる というところまで 繋がって終了なのだろうなあ です。 偉そうなこと書いちゃったかな。 そう読めてしまったら、 ゴメンなさい 私 文才ないんです。 言いたかったのは、 しっかり モトとってくださいね。 なんです。 セラピストの私が言うのはおかしいかもしれませんが、 スピリチュアルなことを学んだり セミナーやセッションを受けたら 実際の生活に活かしてナンボ だと思っています。 激しく現実的 商人の町の人みたいかな。 テレビとかメディアの影響もあるのか スピリチュアルなことって前からあったけれど 最近 それが大きくなってきたのは、 業界が少しずつ成熟に向かおうとしているだけではなくて 日常でそれを活かす場所 ニーズも増えているのかな と思っています。 どこで何を受けても 気づく それをやってみる はご本人次第だから しっかり ちゃっかり モトをとってくださいね♪

何かと忙しい 師走前

 イベント出店があって ぱたぱたしています。 寒いですね。 今日は11/27 冥王星が山羊座 入りします。 派手に流れが変わる時 らしいです。 私は どうだろう。 永続的にプロして お代をいただきつつ 本格的なサロン開業へ ぐっといけるかな そんな日です。

もういいのだ

 あ~あ 自己保身ばかり考えるやつのいいように利用されてしまったんだな ということは かなりはじめの頃からわかってた。 あれなんか変だ という違和感は初めからあった。 相手を自分にひきこんで依存させる という ヒモのようなパターンだ。 労力 金 情 エネルギー みんなもっていかれてた。 己の五感+αを頼らなかった私のあいたたた だ。 そうして空っぽになった後の恨みの感情は 自分でもこわい。 鬼になるのも夜叉になるのも荒れ狂うのも簡単だ。 もちろん自分への返りは大きい。 まさしく 人を呪わば穴二つ(ひとつは自分の分) なんだなと思った。 でも、それを選ぶことをやっとやめた。 そうではない自分を選ぶ為の勉強をしてきた気がする。 そんな生き方 じぶんがもったいない。 そう思って初めて、自分を大切にしていないは 他人を大切にしていない に腹から気づく。 やつのこともだ。 無理な自分を演じると、それに合わせた人間関係が構築される。 吐き気を伴う居心地の悪さ。 それはもうやめた。 やつのはいた暴言の数々 忘れることはないけれど、くれてやる情も残ってはいないけれど それはその人の弱さや優しさや計算高さや悲しさ寂しさ。 私が相手でなくても やつの超えるべき課題。 私は一瞬だけでもやつを好きだった いとおしいと思った 自分の気持ちを大切にする。 そして もっと素直に腹の底から自分の気持ちを 大切な人たちに語ろうと思った。 もう 自分にだけは逃げずに嘘はつかない。 生まれてどんだけ生きたんだろうと思うとその学習能力の低さに笑えるけど、今回のことがなかったら気がつかなかった。 自分の本当の気持ちを話してはならないと徹底的に押さえつけられて育ったからだなあと思う。 自分の感情も人の感情も流して生きようって それが普通になってた。 それに生きてる間に気がついてよかった。だから、もういいや あとから見直したら どうしようもなくおこちゃまで愚かしく 恥ずかしいんだべなこれ。